
大きな見た目とは裏腹に、あたたかく優しい音を奏でる打楽器「マリンバ」。
名前を聞いてもピンとこないかもしれませんが、いわば「大きな木琴」のような楽器で、木製の鍵盤をマレット(バチ)で叩いて演奏します。
そんなマリンバとともに、高齢者施設や幼稚園などあらゆるシーンで生演奏を届けている、大澤千紘さん。
介護福祉士の経験もある大澤さんは、常にお客さまや依頼者の状況や環境に配慮し、お客さまに徹底的に寄り添うコンサートを実現されています。
今回は、そんな大澤さんのコンサートづくりへのこだわりを探ってみました。
■大澤 千紘(マリンバ奏者)
日本大学芸術学部音楽学科打楽器コース卒業。
毎月施設演奏、子どものためのリズムレッスンなど幅広く活躍中。
及川音楽事務所、LiveDeli所属アーティスト、音楽教室元講師。
2020年11月、2枚目となる「MARIMBA CLASSICAL 」CD発売。
これまでにマリンバを村瀬裕子、打楽器を新井汎の各氏に師事。
■聞き手:福島 未貴
フリーランスのライター・トロンボーン奏者。武蔵野音楽大学を卒業後、現在は記事執筆の傍ら演奏活動や音楽レッスンの仕事にも携わっている。音楽を専門的に学び活動している演奏家ならではの視点から、音楽・演奏にまつわる情報や、演奏家の想いをお届け。
高齢者施設から保育園まで。マリンバを持ち運び、多彩な現場で活躍!
ーー 大澤さんの音楽活動について、改めて詳しく教えてください。
大澤さん:
プロのマリンバ奏者として、コンサートホールでの演奏活動や吹奏楽との共演などをおこなっています。
病院や高齢者施設、保育園などで演奏することも多く、特にこの数年は施設での演奏がかなり増えてきましたね。
私は過去に介護福祉士として働いていたこともあるので、そのときの経験が訪問演奏の際にも活きています。高齢者施設での演奏は、私の得意分野でもありますね。
ーー マリンバで訪問演奏!楽器を持っていかれるんですか?
大澤さん:
はい。楽器を分解できるので、いつも車で運搬しています。
マリンバは大きな見た目に反して、温かくて優しい音色が魅力です。太鼓系の楽器は音量や振動が大きいことから、残念ながら演奏できない施設もあるのですが「打楽器は難しいけれど、マリンバならOK」ということも多いんです。
高齢者施設に限らず、あらゆるところにマリンバを持っていって演奏をさせていただいています。

選曲も演出も、細やかな気遣いを。「お客さまが聴きたいコンサート」をつくる裏側
ーー 高齢者施設から保育園まで、幅広い年齢層のお客さまの前で演奏されているのですね!選曲やコンサート内容は、どのような工夫をされているのでしょうか?
大澤さん:
まず私が気をつけているのは「自分がやりたい曲と、お客さまが聴きたい曲は違う」ということを念頭において選曲することです。
高齢者施設の場合は、施設によって入居者さまの年齢層や好みが異なるので、事前にしっかりヒアリングをしていますね。
たとえば、この施設では童謡や唱歌が多めだと喜ばれる、あの施設では洋楽好きな方が多いとか。リクエストがある場合は、もちろんそれもお聞きしています。
入居者さまの入れ替わりもあるので、同じ施設でも半年後に訪れると状況が変わっていることもあります。
曲の好みだけでなく、入居者さまのお身体の具合なども可能な限りヒアリングして、そのときどきに合わせて選曲していますね。

ーー 入居者さまのご状況に合わせて、というのは介護の知識がある大澤さんならではですね。お子さま向けのコンサートはどうでしょうか?
大澤さん:
となりのトトロの「さんぽ」やアンパンマンなど、誰もが知っていて一緒に歌えるような曲を選ぶことが多いです。
ただ、幼稚園でアニメソングをやる場合は「演奏してもいいですか?」と、事前に園に確認をするようにしています。
教育機関で演奏する際には、園や学校によって教育方針が異なる場合もあるので、ミスマッチがおこらないよう注意していますね。
ーー とても細やかな配慮をされているんですね!選曲以外にも、意識していることはありますか?
大澤さん:
演奏のクオリティはもちろん、演出はそれ以上に力を入れています!
たとえば、幼稚園・保育園のコンサートでは、オープニングではあえてキレイなお辞儀はせず、元気に行進しながら入場します。そして「こーんにちはー!」とすごく大きな声で挨拶!
最初は園児たちもポカンとしてしまうので、わざと「あれ、聞こえないなあ〜、もう1回いいかな〜?」と呼びかけたりします。そうすると、園児たちも徐々に乗ってきて緊張もほぐれてくるんですよね。
ときには演奏は共演者のピアニストにおまかせして、私は園児たちと一緒に身体を動かすことに徹する場合もあります。コンサートのあとは、マリンバを少し叩かせてあげることもありますね。

ーー 大澤さんのコンサート、すごく楽しそうで私も聴いてみたくなりました!
大澤さん:
高齢者施設では、施設に合った音色を心がけています。
マリンバは、マレットと呼ばれるバチで鍵盤を叩いて演奏するのですが、マレットの種類によって音色が変わるんです。
固めのマレットは音も強くてはっきりめに、柔らかいマレットを使うと優しめの音色に……といった感じですね。
施設で演奏するときはマイルドな音がするマレットを使用して、音量も調整して演奏しています。
入居者さまの個室で演奏。ご家族の言葉が心に残る、忘れられない経験
ーー 高齢者施設での演奏が多いとのことですが、入居者さまやスタッフの方から特に喜んでもらえたコンサートは、どのようなものでしたか?
大澤さん:
少し特殊なケースですが、入居者さまのお部屋へ行って演奏させていただいたことがありました。
今は大きなマリンバで演奏しているのですが、過去には電車で持ち運べるサイズの卓上木琴で訪問演奏をしていたんです。

入居者の皆さんに向けてのコンサートが終わったあと、スタッフさんから「どうしてもお部屋から出られない方がいる。1曲でもいいから、お部屋で演奏してもらえないか」とご相談を受け、お部屋で演奏しました。
いつも使っている大きなマリンバでは、サイズ的にお部屋に入ることすらできないのですが、卓上木琴なら可能だったんです。
その入居者さまはお話ができる状態ではなかったのですが、付き添われていたご家族いわく「演奏を聴いているあいだ、少し反応があった」とお礼を言っていただきました。
個室で入居者さまの好きな曲を演奏させていただき、ご家族にも喜んでいただけたことが、強く心に残っています。

ただ演奏するだけじゃない。現場ごとの“最適”を届けるマリンバ奏者
事前のヒアリングをしっかりとおこない、そのときどきの状況に合わせた演出で音楽を届ける大澤さん。
一つひとつのステージに真摯に向き合う姿勢が、インタビュー中にもひしひしと伝わってきました。
マリンバの音色や音量さえも、施設ごとの環境に合わせて調整されている点は、大澤さんならではの心配りです。
初めて演奏依頼をする人にとっては、どんなふうに希望を伝えればよいか、どんな流れで当日を迎えればよいのか、不安なこともたくさんあるでしょう。
そんな人も、演奏以外の部分でも丁寧に対応してくれる大澤さんなら、きっと安心して任せられるはず。
ぜひマリンバの生演奏を取り入れてみてくださいね。
<大澤千紘さんプロフィール>